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活動報告

ドン・ケニンの国政報告をはじめ、所属している各委員会での議論内容などについてご報告させていただきます。

国会活動

台湾訪問報告(その2)

2011年09月12日 (月)

黄茂雄 東元電機株式会社会長

昨年まで中華民国工商協進会会長(日本でいう経団連会長)を務めていた黄茂雄会長とは経済、ビジネスを中心に議論させていただきました。

台湾経済は昨年の成長率が久々に10%を超えましたが、これは中国と締結したECFAによって中国公営企業が台湾との取引を拡大していることの恩恵が非常に大きいようです。ECFAの発効は今年からでしたが発効以前から機運は盛り上がっており、製造業に限っていえば収益は45%も伸びたということです。台湾の7割の人は中国との統合を望んでおらず、政治的には中国との距離感についていろいろ議論があっても、ビジネス機会が中国にあり、そしてそれに代わる市場が世界にない以上、中国とのビジネスに今は注力するしかないという、ビジネスマンらしい現実的な考え方です。しかしながら、言葉の端々に、“台湾の精神”と“台湾の経済”との葛藤とでもいうべき苦悩が垣間見えました。

いろいろと話した中で興味深かったのが中国や台湾でのビジネスのやり方についてのサジェスションです。

中国とのビジネスにあたっては人脈が決定的に重要となるので、日本企業が中国に進出する際にはダイレクトにいくよりも、回り道にはなるかもしれないが、言葉もわかり商慣習をよく知っている台湾企業と組んで進出するほうが結果としては近道なのではないか、と言っておられました。一例として、中国の国家主席は来年胡錦濤から習金平に交代するというのは衆目の一致するところだが、ではその次は誰か、ということに日本はあたりをつけているだろうか。黄会長は内モンゴルの胡春華書記の可能性が高いとして接触を図っているそうです。もちろん賄賂などはしないが、上層部に頻繁に会って人的関係を構築することが必要だと力説していました。

また、黄会長は台湾でモスバーガーの経営を行っていますが、「郷に入っては郷に従え」で台湾流のビジネス展開をしたかったのが、モスバーガー日本本社となかなか折り合いがつかず、5年間の確執の末やっと経営の実質を任せてもらい、すべての店舗をフランチャイズではなく直営店にすることで品質とサービスの質を引き上げて黒字化に成功し、現在では203店舗まで増やすことができたそうです。そうした点からすると台北近くに進出してきた日本のある老舗旅館は海外でのビジネスのやり方に変えていかないと経営は厳しいのではないか、という見方をしていました。

黄会長は1949年以来の蒋介石による戒厳令下の独裁政治について批判的でしたが、蒋介石が残した二つの遺産として
①    台湾式ではなく中国流の歴史、文化、言語教育
②    中国全土の20種類以上の様々なおいしい料理
の二つを挙げていました。確かに中国中のおいしい料理を食べられるのは台北だけなのかもしれませんね。

馬英九総統

 

馬総統は台湾大学で学んだあと、ニューヨーク大学で法学修士、ハーバード大学で法学博士を取得し、台北市長を98年から8年間勤め、2008年の選挙で総統に就任しました。民主化されて以降の3代の総統(李登輝、陳水扁、馬英九)はすべて台北市長を経験しているということになります。

総統府で行われた会談にはマスコミも多数集まって、冒頭、馬総統から最近の台日関係の進展に関して具体的な言及がありました。

①    日本の国会で「海外美術品等公開促進法」が可決されたことにより、故宮博物館の展示会を日本で開催することの最大のハードルが取り除かれた。過去10数年の間に、アメリカ、オーストラリア、ドイツ、フランスでは展示会を行ったが、アジアではまだ開かれていない。東京国立博物館との間で打ち合わせをしているところで、順調にいけばアジアで初の海外展示会となる。
②    ワーキングホリデービザ制度が実施され、アルバイトをしながら勉強ができるようになった。
③    2009年に札幌に日本国内では5つ目の便事所が開設された。
④    台北松山空港―東京羽田便が一日に4便運航するようになり、ビジネス・観光の促進が期待される。
⑤    「3.11震災」後、台湾は「架け橋プロジェクト」として、日本企業との連携を加速させようとしている。一例として、日本企業が自社のデジタルコンテンツを中国大陸企業に盗用されそうになった際に、台湾企業と協力することによって、日中間にはないが、台中間ではECFAに基づき締結した知的財産権保護協定によって、盗用問題を解決することができた。

馬総統は背も高く大変見た目も映える方ですが、だいぶ疲れているのか覇気に乏しい感じがしました。私自身はもちろん初めてお目にかかったわけですが、これまで何度かお会いした方によると、前回の選挙時のようなオーラがなくなっている、小さくみえる、ということでした。前回の選挙は圧勝だったわけですが、それだけ今回の選挙が厳しいからなのでしょうか。

総統府の建物は、戦前の日本統治時代に台湾総督府として建築されたもので、歴史を感じさせる重厚なものです。重厚ではありますが、白壁に窓が大きくとられ、明るい採光で風通しがよく、緑が各所に配置されて、いかにも南国風です。敷物の一部は畳が使用されています。後藤新平もここで仕事をしたということです。

蔡英文民進党主席

蔡英文主席とは、彼女が主宰するシンクタンクのミーティングルームでお会いしました。総統選準備で忙しいのか面談時間は多くとれませんでした。民進党は「台湾はすでに主権独立国家」として中国との関係が冷え切った時期がありますが、政権奪還のために現実路線に修正してきており、最近発表した政策綱領「10年政綱」では「両岸(中台)の経済活動はグローバル経済の重要な一部。世界と歩調を合わせて中国と交流すべきだ」とし、またECFAに関しても「内容と履行状況を点検し、調整する」と条件付きで容認する立場になっています。そうなってくると総統選、立法院選の争点も不明瞭になってきているのかもしれません。対中関係以外に一応争点となりそうなのが、「脱原発」です。日本同様地震大国の台湾には現在4基の原子力発電所があり、うち1基は新規で未稼働、残りの3基で全電力の18%を賄っているということです。民進党は「脱原発」を主張しています。

蔡主席は台湾大学を卒業したあと、コーネル大学で法学修士、ロンドン大学政治経済学院(LSE)で法学博士を取得し、帰国後は大学で教鞭をとっていました。お会いしてみると、地味で目立たない、物静かそうな方で、こうした方が総統選の候補者になっていること自体に、台湾国民の意識の高さは現れているのかもしれません。時間があまりなかったので、通訳を介さずに英語でやりとりをしましたが、国民党政権がまた4年間続いてしまうと、中国との関係が密接となるあまり取り込まれてしまい、政治的にも”point of no return”(後戻りできない地点)に行ってしまうのではないかとの懸念を強く主張していました。


 

台中へ

面談の合間をぬって台北から台中に足を伸ばしました。交通手段はもちろん日本製の新幹線です。時刻表通り1分もたがわず運行しており、台北から台中まで49分で着きました。内装もいつも見慣れた日本の新幹線そのままです。

台中は台北、高雄に次ぐ台湾第3の都市ですが、台北よりもずっとゆったりとした感じです。台中は台湾の高い山々に登るベースともなっているようです。台湾の最高峰は玉山(旧称:新高山、ニイタカヤマといったほうがわかりやすいですね)で標高3952メートル、3000メートル超の山も28座あるそうです。

台中ではまず「白冷圳」(はくれいせん)と呼ばれる、日本人の技師が開発した灌漑、生活用水の施設を見学しました。日本統治時代に台湾のインフラ整備に携わった多くの日本人が今でも感謝されています。

次いで台湾に骨を埋めた日本人の遺骨が納められており、また、台湾出身の元日本兵3万3千人の鎮魂慰霊碑が建立されている宝覚寺を訪れました。毎年お彼岸に駐台湾日本代表が、京都からの僧侶とともに供養に来られるそうです。

台中でどうしても訪れたかったのが「921地震教育園区」です。ここは1999年9月21日の大地震で崩落した中学校の校舎をそのまま残し、地震の悲惨さをありのままに伝えるものです。中学校は断層上に位置していたために、校舎は崩れ、グラウンドは隆起していましたが、道路一つ隔てて隣接する小学校は無事で今も普通に授業が行われ、子供たちの声が聞こえてきていました。また建物の構造により液状化などをシミュレーションできる模型や、実際に発生した地震の震度を体感できる部屋等もあり、こうした地震の被害をありのままに残し、今後の教訓にしていくような場所が、東日本大震災の被災地にもあるべきなのではないでしょうか。この地震教育園区では日本語や英語の外国語ガイドもついて、地震の怖さを伝えています。

今回の訪問では多くの関係者に大変お世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。多くのキーパーソンの方々とお話しをさせて頂き、あっという間の4日間でしたが、大変有意義な訪問でした。

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