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活動報告

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国会活動

質問主意書≪安保法制⑪昭和47年政府見解の論理的整合性と法的安定性 再質問≫

2015年07月06日 (月)

 

議長提出:2015年07月06日

内閣転送:2015年07月08日

回   答:2015年07月14日

いわゆる新三要件の従前の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性に関する再質問主意書

政府は、平成二十七年六月九日の「新三要件の従前の憲法解釈との論理的整合性等について」において、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成二十六年七月一日閣議決定)で示された「武力の行使」の三要件(いわゆる新三要件)は、昭和四十七年十月十四日に参議院決算委員会へ政府が提出した「集団的自衛権と憲法との関係」で示されたこれまでの政府の憲法解釈(以下「昭和四十七年の政府見解」という。)との論理的整合性及び法的安定性を保つものであると主張する。

政府が、「新三要件の従前の憲法解釈との論理的整合性等について」において引用する昭和四十七年の政府見解は、以下のとおりである。

①憲法は、第九条において、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているが、前文において「全世界の国民が・・・・平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、また、第一三条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、・・・・国政の上で、最大の尊重を必要とする」旨を定めていることからも、わが国がみずからの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかであって、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない(以下「①の論理」という。)。

②しかしながら、だからといって、平和主義をその基本原則とする憲法が、右にいう自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであって、それは、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るための止むを得ない措置としてはじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最少限度の範囲にとどまるべきものである(以下「②の論理」という。)。

③そうだとすれば、わが憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない(以下「③の論理」という。)。

その上で、政府は、③の論理を改め、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合もこれに当てはまる、と主張する。

そして、政府は、安全保障環境の変化という政策問題を理由に、③の論理を変更した旨答弁している(平成二十七年六月十日の衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会における横畠裕介内閣法制局長官答弁)。

しかし、昭和四十七年の政府見解を提出するきっかけとなった昭和四十七年九月十四日の参議院決算委員会において、吉國一郎内閣法制局長官(当時)より、政策論、政治論を捨象して昭和四十七年の政府見解を導いた旨の答弁がなされている。そのため、政策論、政治論を捨象して導かれた昭和四十七年の政府見解を、安全保障環境の変化という政策問題を理由に変更することは、憲法解釈の論理的整合性を損なうのではないか、問題となる(以下「質問①」という。)。

また、政府は、③の論理の変更について、安全保障環境が改善すれば元に戻す旨を答弁している(平成二十七年六月十日の衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会における横畠裕介内閣法制局長官答弁)が、安全保障環境の変化如何によって、③の論理の基準が変わるのであれば法的安定性を損なうのではないか、問題となる(以下「質問②」という。)。

そこで、私は、本年六月二十五日に「いわゆる新三要件の従前の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性に関する質問主意書」(第百八十九回国会質問第一八五号。以下「本件質問主意書」という。)を提出し、質問①及び質問②について尋ねたところ、本年七月三日の政府答弁書(内閣参質一八九第一八五号。以下「本件答弁書」という。)において、「政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。」との答弁がなされた。

しかし、本件答弁書は、「政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。」という結論は示すものの、質問①で示した問題意識(政策論、政治論を捨象して導かれた昭和四十七年の政府見解を、安全保障環境の変化という政策問題を理由に変更することは、憲法解釈の論理的整合性を損なうのではないか。)及び質問②で示した問題意識(安全保障環境の変化如何によって、③の論理の基準が変わるのであれば法的安定性を損なうのではないか。)については、一切言及されていない。

仮に「政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。」という結論を導くにしても、質問①及び質問②で示した問題意識がどのように解消されるのか、という論理の流れを具体的かつ詳細に示さないことには、本件質問主意書に答弁したことにはならないはずである。

そうであるにもかかわらず、本件答弁書は、質問①及び質問②で示した問題意識に一言も触れることなく、「政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。」という結論を強引に導くものであり、質問①及び質問②に対する答弁とは認められない。

安倍総理の主張する「丁寧な説明」を伺うためにも、質問①にあっては、「政策論、政治論を捨象して導かれた昭和四十七年の政府見解を、安全保障環境の変化という政策問題を理由に変更すること」という事実を起点に、「憲法解釈の論理的整合性を損なうか否か」という結論に至る過程を、質問②にあっては「安全保障環境の変化如何によって③の論理の基準を変更すること」という事実を起点に、「法的安定性を損なうか否か」という結論に至る過程を、一つ一つ順を追って理解できるような説明を求める。

以下、再質問する。

一 政策論、政治論を捨象して導かれた昭和四十七年の政府見解を、安全保障環境の変化という政策問題を理由に変更することは、憲法解釈の論理的整合性を損なうのではないか。仮に、「論理的整合性を損なわない。」という結論を導くのであれば、「政策論、政治論を捨象して導かれた昭和四十七年の政府見解を、安全保障環境の変化という政策問題を理由に変更すること」という事実を起点に、「論理的整合性を損なわない。」という結論に至る論理の流れを一つ一つ順を追って理解できる「丁寧な説明」を求める。かかる「丁寧な説明」ができない場合には、憲法解釈の論理的整合性を損なう旨を認められたい。

二 安全保障環境の変化によって、個別的自衛権のみが許される、あるいは、限定された集団的自衛権まで許容されるというように、③の論理の基準が変わるのは法的安定性を損なうのではないか。仮に、「法的安定性を損なわない。」という結論を導くのであれば、「安全保障環境の変化如何によって③の論理の基準を変更すること」という事実を起点に、「法的安定性を損なわない。」という結論に至る論理の流れを一つ一つ順を追って理解できる「丁寧な説明」を求める。かかる「丁寧な説明」ができない場合には、法的安定性を損なう旨を認められたい。

右質問する。

参議院議員中西健治君提出いわゆる新三要件の従前の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性に関する再質問に対する答弁書

一及び二について

先の答弁書(平成二十七年七月三日内閣参質一八九第一八五号)でお答えしたとおり、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」(平成二十六年七月一日閣議決定)でお示しした「武力の行使」の三要件は、現在の安全保障環境に照らして慎重に検討した結果、昭和四十七年十月十四日に参議院決算委員会に対し政府が提出した資料「集団的自衛権と憲法との関係」の御指摘の①及び②の基本的な論理を維持し、この考え方を前提として、これに当てはまる例外的な場合として、我が国に対する武力攻撃が発生した場合に限られるとしてきたこれまでの認識を改め、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合もこれに当てはまるとしたものである。すなわち、国際法上集団的自衛権の行使として認められる他国を防衛するための武力の行使それ自体を認めるものではなく、あくまでも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として、一部、限定された場合において他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とする武力の行使を認めるにとどまるものである。したがって、これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。

 

≪提出にあたって≫

政府が、限定的な集団的自衛権の行使を容認する根拠として主張している昭和47年政府見解の変更の論理的整合性と法的安定性について、改めて質問主意書(再質問主意書)を提出しました。

昭和47年の政府見解とは、「集団的自衛権の行使は、憲法上許容されない」という見解を示すもので、これまでの政府の憲法解釈の基礎となるものでした。ところが、政府は、平成26年7月1日、この政府見解を変更し、限定的な集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行いました。

政府は、この政府見解の変更について、「安全保障環境の変化による政策問題」と説明しています(平成27年6月10日の衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会における横畠内閣法制局長官答弁)。

しかし、政府は、昭和47年政府見解をまとめるに当たり「政策論・政治論を捨象する」と答弁しており(昭和47年9月14日の参議院決算委員会における吉國内閣法制局長官(当時)答弁)、政策論・政治論を捨象して導かれた昭和47年の政府見解を、政策問題を理由に変更することが許されるのかが問題となります。

また、政府は、「安全保障環境が改善すれば、集団的自衛権の行使を認めないという従前の判断に戻ることもある。」と説明しています(平成27年6月10日の衆議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会における横畠内閣法制局長官答弁)が、憲法上許容される自衛権行使の基準を、安全保障環境次第で変動させることは、法的安定性を損なうのではないかが問題となります。

このような問題意識から、本年6月25日に以下の内容で質問主意書を提出しました。

①政策論・政治論を捨象して導かれた昭和47年の政府見解を、政策問題を理由に変更することは、論理的整合性を損なうのではないか。

②憲法上許容される武力行使の基準を安全保障環境次第で変動させることは、法的安定性を損なうのではないか。

しかし、政府の答弁は、これらの問題意識に対しては一切触れず、「(①②をあわせて)これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。」という結論を強引に導くものでした。

安倍総理の言う「丁寧な説明」とはあまりにかけ離れた答弁であったため、上記①②の内容で、改めて質問主意書(再質問主意書)を提出いたしました。

国民の理解を深めるためには、答えにくい質問であっても、真摯に説明するという姿勢が求められていると思います。また、仮に、過去の政府答弁との整合性を説明できないのであれば、その問題意識こそ、従来の憲法解釈が定めてきた「歯止め」にあたるのではないでしょうか。

国民の理解を促すためにも、また、憲法上許容される歯止めを検討するためにも、政府には改めて丁寧な説明を求めたいと思います。

 

≪回答を受けて≫

政府の答弁は以下の通りとなります。

①政策論・政治論を捨象して導かれた昭和47年の政府見解を、政策問題を理由に変更することは、論理的整合性を損なうのではないか。

②憲法上許容される武力行使の基準を安全保障環境次第で変動させることは、法的安定性を損なうのではないか。

→(①と②をあわせて)これまでの政府の憲法解釈との論理的整合性及び法的安定性は保たれている。

前回の政府答弁書では、「政策論・政治論を捨象した」という点、および、「武力行使の基準を変動させる」という点について一切触れられなかったため、今回の質問主意書では、あえてこの点に触れるように明記していたのですが、それでも政府から答弁をいただくことはかないませんでした。

質問主意書を通じたやりとりでは、これ以上の答弁を引き出すのは難しいのかもしれません。今後は、委員会の審議を通じて、徹底的に追及して参りたいと思います。

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